『実践国文学』2011年10月(80号)pp.左1-21.
本表は拙論「n グラム統計処理を用いた文字列分析による日本古典文学の研究―『古今和歌集』の「ことば」の型と性差」(千葉大学『人文研究』29号2000年3月)に付表として掲載した「古今和歌集男性特有表現一覧」の改訂版である。同「一覧」とは、古今集の男性歌に特有な「ことば」で、n=3~7グラム、出現頻度2以上の意味をなす文字列の一覧である。同論文の論文部分は拙著『古代後期和歌文学の研究(1)』に加筆収載したが、同「一覧」は収載しなかった。よって今回その改訂版を記すにいたったのであるが、その際、改訂した点、並びに改訂理由は以下の通りである。
(例)「あきはかぎり」と「あきはかぎりと」:平安和歌の語形においては、 データ検索をした結果(但し検索は『新編国歌大観』CD−ROM による)、 すべて単語連接である「あきはかぎりと」の語形をとっており、「あき はかぎり」の語形は確認できなかった。このような場合に関しては、 「あきはかぎりと」のみを掲出した。
上記のⅡについては、具体例に則してさらに詳細に述べておきたい。文字列 分析で特有語を抽出すると、たとえば「おもほゆ」「おもほゆる」「おもほゆる (1) ― 298 ― か」「おもほゆるかな」と、1文字ずつ連続して増えていく過程の語形がすべ て抽出される。以上4種の語形はいずれも女性の和歌には出現しない訳である が、男性のみに出現する和歌2首での内容はいずれも「おもほゆるかな」と なっている。文字列分析結果として厳密を期するならば単語連接の「おもほゆ るかな」のみを残して他は削除するということにもなるが、しかし、単語とし て用例数の多い「おもほゆ」を掲出しないとかえって弊害も生じてしまう。活 用形の「おもほゆる」、さらにそれに「かな」の前半が続く「おもほゆるか」 は中間的語形として削除してよいが、「おもほゆ」まで削除してしまうと、古 今集男性独自表現には「おもほゆ」という単語は無いことになってしまうので ある。単語としての「おもほゆ」も男性特有語である訳であるから、それは古 今集男性語を、他集の用語と調査・比較する際、不正確な結果をもたらしてし まうと考えられよう。したがって上記4種の文字列のうち、単語としての「お もほゆ」、単語連接としての「おもほゆるかな」の2種をとることが有効と判 断し、『一覧』に掲出した。他、同様の例としては、以下のようなものがある。
「あだなる」・「あだなるもの」・「あだなるものと」
「おいにける」・「おいにけるかな」
「おもひける」・「おもひけるかな」
「おほかるのべ」・「おほかるのべに」
「ささのは」・「ささのはにおく」
「しるらめ」・「しるらめや」
「しろたへ」・「しろたへの」「しろたへのそで」
「たつたのやま」・「たつたのやまの」
「なりにける」・「なりにけるかな」
「ひとだのめ」・「ひとだのめなる」
「ひとのかたみ」・「ひとのかたみか」
「ふりわけ」・「ふりわけて」
「みえわたる」・「みえわたるかな」
文字列分析ならでこそ得られる「ことばの型(2)」と、当該文字列に含まれる 「単語」の双方が、表現研究には必要ということになろう。単語と単語連接の 認定には様々な見解があるので、以上の基準に異論もあり得るであろうし、ま た稿者自身も再度の改訂を加える事になるかもしれないが、今回の改訂版を もって、『古今集』における「男性特有表現」の確定版として提示したい。こ れらの単語・単語連接を一つの尺度として、古典和歌という言語表象における 性差の問題を検討する際の一助となれば幸いである。
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さて、旧稿発表時から現在までの11年間に、言語研究に N−gram分析を用 いるためのツールや手法は大きく進歩してきた。以下、この11年間での進歩と 今後の課題について述べておきたい。